8月の終わりになると、フィリピンのマスンギ・ジオリザーブには静かな魔法がかかります。石灰岩の山に夕日が沈むと、長い影が伸びて、ジャングルの上のほうもひんやりしてきます。しめった空気の中で、小さな光がピカッと点滅しだします。もし今、あなたが散歩道に立っていたら、その一匹を間近で見つけられるかもしれません。そして、おどろく事実にぶつかります。ここにどの種類のホタルがすんでいるのか、まだだれも記録していないのです。手もとにある観察記録がはっきり言えるのは「ホタル科(Lampyridae)」という科までで、それより細かいことは分かっていません。
ただし、どこの仲間ではないかは言えます。フィリピンで一本の木に集まっていっせいに光ることで有名なホタルは、Pteroptyx(プテロプティクス)という属の仲間で、マングローブにすむ昆虫です。海ぞいの塩からい泥に生える木で暮らしています。マスンギはまったくちがう場所です。ごつごつした灰色の石灰岩と森が広がる、海から遠い内陸です。ですから、この散歩道の上でまたたく光は、ほぼまちがいなく別の種類のホタルで、だれかが調べてくれるのを今も待っています。ホタルに学名をつけるには、その甲虫そのものをじっくり調べる必要がありますが、ここではまだその研究がされていません。
マスングのような場所でのホタル祭りや夜の観察は、ぎゅうぎゅうの遊園地に行くのとはちがいます。がまん強さと、静かな足音が大切です。まわりの暗さと安全を守るガイドといっしょに、整備された道を歩きます。懐中電灯を消して、目が慣れてくると、森がガラリと変わります。真っ暗だったはずが、何百もの小さな生きている光が、木の枝をキラキラ光るクリスマスツリーのように変えてしまうのです。これは、この地域の雨季のリズムと人びとをつなぐ大切な伝統です。
世界中で広がる光を追おう
ホタルを見ているのは、マスングだけではありません。8月下旬のAlitaptapコミュニティマップを見ると、地球のあちこちに光るドットが現れているのがわかります。北アメリカでは、ノースカロライナ州からジョージア州、ペンシルベニア州、ニューヨーク州にかけての庭で、北米東部ホタルがまだピカピカ光っています。夕食のあとにみんながポーチに出て、庭のホースの近くですばやく黄緑色の光を見つけ、スマホで記録しています。
ヨーロッパでは、まったくちがうタイプのホタルが姿を見せています。ヨーロッパツチボタルが、フィンランドのナーンタリや、ドイツの黒い森、ロシアのサンクトペテルブルクの近くなどで今まさに活動しています。アメリカのピカピカ光る仲間たちとはちがって、大人になったメスのホタルには羽がありません。草の茎や岩に登って、おしりから緑色のきれいな光をじっと放ちます。まるで小さな緑色の街灯のようにそこに座って、飛んできたオスが自分の合図に気づくのを待っているのです。
こうした目撃情報のひとつひとつが、今の自然で何が起きているのかを物語っています。アルゼンチンで誰かがホタルを見つけたり、アリゾナ州で誰かが秋の南西部のホタルを見つけたりすると、それは巨大なパズルに1ピースをくっつけることになります。科学者たちは、こうした観察結果を使って、ホタルがどこでがんばって生き残っていて、どこでピンチになっているのかを調べています。
ホタルが私たちの助けを必要としている理由
ホタルを見るのはとても楽しいことですが、同時に、ホタルがとてもデリケートな生き物だということも教えてくれます。ホタルが子ども(幼虫)のころを生き抜くためには、しめった土や背の高い草、きれいな水が必要です。空を飛んで光る方法を覚えるずっと前から、赤ちゃんホタルは何か月も土や泥の中をはい回って過ごします。そして、小さなカタツムリや柔らかい虫を探して食べます。もし森がアスファルトで覆われてしまったり、家を建てるために湿った原っぱの水が干からびてしまったりしたら、カタツムリはいなくなってしまいます。カタツムリがいなくなると、ホタルの幼虫は食べるものがなくなってしまうのです。
ホタルにとってのもうひとつの大きな問題は、光の汚染です。街灯や家のポーチの明かり、看板の光などが、夜の街にあふれていることです。ホタルは光の点滅を使っておしゃべりをしたり、パートナーを見つけたりします。もし夜空が明るすぎたら、ホタルはお互いの合図が見えなくなってしまいます。それはまるで、誰かが大きな太鼓をドンドンたたいている部屋の中で、ひそひそ話の秘密のメッセージを伝えようとするようなものです。メッセージは雑音にかき消されてしまうのです。
ゼレス協会やホタル保全研究会といった組織は、こうした危険について詳しく調べています。未来の子どもたちもあの夏の終わりの魔法を体験できるように、ホタルが暮らす場所を守る活動をしています。地域の人びとが地元のホタルについて知ると、不要な外の明かりを消したり、庭の野生のコーナーの草を刈らずに残したりするようになることがとても多いのです。
市民科学者になろう
有名などこかの自然保護区まで旅行しなくても、お手伝いはできます。裏庭や近くの公園、あるいは街の歩道を知っている人なら誰でも、市民科学者になれます。ホタルを見つけたら、日付や場所、その虫がどんな見た目だったかをメモしてみましょう。空中で光っていた?それとも地面からずっと光っていた?北米東部ホタルのJ字型みたいな、変な光り方だったかな?
こうした細かいことをみんなで共有するマップに書き込むと、研究者たちが世界中のホタルの数を把握するのに役立ちます。どこでホタルが多くて、どこで助けを必要としているのかが見えてきます。温かい8月の夕方に外へ出たら、次のときは、木と木の間にある暗いスペースをじっくり見てみてください。あなたを一生の科学探偵に変えてしまうような、光のきらめきに出会えるかもしれません。