むかしから、何千もの年のあいだ、人々は暗やみで光るホタルを見つめてきました。懐中電灯なんてない時代、この光る虫たちは日々のくらしの一部でした。あたたかい夏の夜に家族が外へ出ると、庭や野原でホタルがダンスをしていたのです。だから、人々がホタルについて歌や詩、お話を作ったのもふしぎではありません。
音楽や物語は、大昔のくらしがどんなものだったか教えてくれます。たくさんの国や地域で、ホタルの歌は子供への子守り歌として歌われたり、学校で教えられたりしてきました。こうしたメロディは、昔の人がどれほど自然の近くで暮らしていたかを伝えてくれます。光る虫についての昔からの歌を聴くとき、あなたは歴史の小さなかけらに触れているのです。
日本では、昔からの歌や詩にホタルがよく出てきます。ある有名な子供の歌では、川のそばでホタルをつかまえる様子が歌われています。大昔は、あたたかい季節になると川岸で何千匹もの光る虫を見るのはごくふつうのことでした。明るい月と光る虫たちがそばにいてくれたので、外を見るのに電気の明かりはいりませんでした。歌の中のホタルは、へんな生き物ではなく、やさしいご近所さんのように扱われています。
いろんな場所の民謡では、ホタルの光を使って時間の流れを表すことがよくあります。夏の夜はずっとは続きません。あたたかい季節はやがて涼しい秋の空気に変わり、ホタルの光も次の年まで見られなくなってしまいます。そのため、光る虫についての歌には、思い出やせつなさが込められていることが多いのです。冬が来たときに恋しくなる、家族や友達とすごしたあたたかい夜の思い出を思い出させてくれます。
フィリピンでは、「Alitaptap(アリタプタップ)」のような市民科学の地図を使って、みんなで今ホタルを見つけた場所をシェアし、台湾や韓国、カナダ、アメリカといった国々でホタルの様子を記録しています。最近では、ノースカロライナ州やニュージャージー州などで「Common Eastern Firefly(オオマドボタルの一種)」が報告されたり、ヨーロッパ各地で「European Glow-worm(ヨーロッパツチボタル)」が目撃されたりしています。こうした目撃情報を記録することで、科学者たちがホタルのいまのすみかを知る手助けをしているのです。
音楽は、私たちが暮らす場所と私たちをつないでくれます。歌の中に身近な虫が出てくると、子供たちは自分の家のまわりにいる生き物を大切にするようになります。もしある川のそばのホタルについて歌っていたら、その川をきれいにしておかないとホタルが生き続けられないってみんなに思い出させてくれます。きれいな水があることで、ホタルの子ども(幼虫)が食べるエサのカタツムリも生きていけます。川やしめった土が健康でなければ、虫たちも、それについての歌も消えていってしまうかもしれません。
お話や子守り歌は、ゆっくりすることの大切さも教えてくれます。ホタルが光るのをみるには、のんびり待つ心が必要です。いそがせてはいけません。暗やみの中でじっと立ち止まって、光るのを待つ必要があります。民謡には、そんな静かな気持ちがよく表れています。聞いてる人に、ちょっと立ち止まって、息をすいこんで、ドアのすぐ外で起きている小さくて美しいものに気づいてほしいと伝えているのです。
いまでも、私たちは世界中のホタルの数を追う現代のマップを見ながら、こうした古い歌を聴くことができます。カナダで冬のホタル(Winter Firefly)を見つけたり、ヨーロッパでツチボタルを眺めたりするとき、人間と光る虫たちのつながりはいつまでも強く続いています。古い歌を歌い、新しく見つけた場所を教え合うことで、ホタルの光を私たちの思い出や街の中にずっと残していけるのです。